コラム

3.11が社会に産み落とした「関係人口」 − 私と3.11 / 編集長:高橋博之

東日本大震災を経て誕生した「東北食べる通信」。7年の月日が流れ、東北食べる通信メンバーは今は何を思うのか。「私と3.11」と題して連載でお送りする。第1回は、編集長の高橋博之。

高橋博之(東北食べる通信編集長)文=高橋博之(東北食べる通信編集長)写真=山下雄登|2018年03月11日 岩手県花巻市

食べ物をつくる世界

東日本大震災から今日で8年目を迎える。自然災害はその時代の社会の弱点を浮き彫りにするという。そして、その悲惨な経験から得た教訓をヒントに、弱点を克服する新しい価値観や仕組みが産み落とされるのだと。では一体、3.11は何をこの社会に産み落としたのだろうか。東日本大震災が阪神大震災と決定的に違ったのは、被災地が食糧供給の拠点である生産地だったことである。消費地から復興支援に訪れた私たち都市住民が被災地で目撃したのは、大規模流通システムの裏側に隠れて見えなかった「食べ物をつくる世界」であった。多くのボランティアが、生まれて初めて農家や漁師に出会ったと告白していた。普段私たちが生きるために口に入れている食べ物をつくっている人のことを何も知らなかったのである。

生産者は自然との関わりを持つことを通じて、自然から学び、自然と共に生きる知恵や技、判断力を身につけていることを、私たちは知った。そして彼らは地域との関わりを持つことで、その地域の人々が蓄積してきた知恵や技、判断力を手に入れていることも知った。こうした生産者個人と地域が磨いてきた知恵や技、判断力という経験知は、一種の科学であると言える。生産者の経験知を活かした生産活動は、自然の力を人間の食べ物に変えるためのスモールサイエンスなのである。このスモールサイエンスを駆使して、自分の暮らしを取り巻く環境そのものに働きかけ、生産の量と質を上げていく。そこには苦労も絶えないが、自分の暮らしの主人公(当事者)として生きる充実感や楽しさがあった。

一億総観客社会

私たち日本人は戦後、自然や地域と関わることは煩わしいとばかりに農漁村を飛び出し、都市になだれ込んでいった。近代が目指した社会は、自分の思い通りにならない自然や他者、地域など、面倒なことと関わらずに生きていける社会だったと言える。しかし、その煩わしさから解放されることと引き換えに、その関わりを通してしか得られない知恵や技、判断力を手放してしまったのである。

私たちは生きていく上で必要なものを、他人がつくったものと貨幣で交換することによって手に入れ、暮らしを成り立たせている。効率もよく楽だが、そこには自分たちの暮らしを、自らの知恵、創意工夫でつくりあげる喜び、感動が欠けている。また、ひとりの力で解決できない地域や社会の課題はみんなで知恵を出し合って解決しなければならないが、納税したお金で役所にお任せとばかりに他人事を決め込んでいる。さらに自分たちの社会を豊かにすることを、原子力発電や遺伝子工学などのビックサイエンスに託してきた。私たちは自分たちが暮らす社会を、こうして他人や行政、科学技術、経済に依存し、観客席の上から高みの見物をしてこなかっただろうか。暮らしや社会をつくる主人公(当事者)ではなく、お客様(他人事)になっていなかっただろうか。

当事者を失った一億総観客社会から、活力など生まれようもない。社会は人口減の時代に突入し、生産人口は減り、経済は低迷。物質的豊かさは行き渡り、需要不足に頭を悩ませる。税収も減り、行財政資源も縮小を余儀なくされている。近代の家族制度も揺らぎ、高齢者を支える負担も社会に重くのしかかる。豊かさの基盤となっていた原子力というビックサイエンスは暴走し、人間の暮らしは土台から揺るがされ、私たちは狼狽した。成長を過度に求める程に、社会は水面下に環境汚染や孤独などのリスクを構造的に抱え込まざるをえないという、社会学者のウルリッヒ・ベックが問題提起した「リスク社会」の蟻地獄に教科書通りにはまってしまったかのようである。

関わりを持たずにひとりで生きていける一億総観客社会は、高コスト社会でもある。高齢化を伴いながら人口が減少していく縮小社会は、そのコストにまともに耐えられないだろう。この高コスト社会の諸問題を解決するために、引き続き経済と科学技術の力だけに依存するならば、さらなる「リスク社会」の深みにはまり込むことは避けられない。では、どうするか。暮らしと社会に、関わりの力を復元することである。

自然や他者、地域との関わりを復元することは、私たちが観客席からグラウンドに降り、自分の暮らしの主人公になることを意味する。他力本願ではなく、自分の力で暮らしや社会をつくる側に回るのである。自然や地域など自分の暮らしを取り巻く環境に主体的に参加している生産者の姿は、自らの手で暮らしをつくりあげる喜びや感動を私たちに気づかせてくれた。私たちの暮らしを、私たちの手の届くところに取り戻すことは、その感動を取り戻すことであり、同時に自然災害や経済的リスク、生活習慣病などを潜在的に内包する脆弱な「リスク社会」に備えるということでもある。

関わるということ

人口減の時代に入って初めて日本を襲った自然災害の被災地となったのは、東北の過疎高齢化著しい沿岸部の漁村農村集落だった。震災前から行き詰まりを見せていた日本の辺境地域が津波と原発事故によって壊滅に追い込まれたわけだが、そこに暮らす人々の力だけで立ち上がり、再生することは不可能だった(今も尚再生の途上にある)。高齢化を伴う人口減少と津波に飲み込まれた被災地の被災者を支えたのは、都市のよそ者であった。被災者の暮らしや生業を立て直すために、まるで自分のことのようにして、自分が持っている知見や技術、ネットワーク、体力、時間、お金を使って、関わりを持ち続ける都市住民が生まれていった。細まったとはいえ、今も尚続いているつながりは幾多もある。

なぜ、そのつながりは途切れることなく、続いているのだろうか。それは単になる一方的な支援という関係ではなかったからだと思う。生産者と消費者の関係は本来、相互依存関係にある。消費者にとっては、自分の命の根源を支える食べ物を自分の代わりに生産してくれている存在こそが、生産者である。その生産者を支援することは、自分の暮らしを取り巻く環境に、間接的とはいえ主体的に参加することでもあるのだ。生きる原点である食の世界は、自分の暮らしを取り巻く環境の言わば一丁目一番地であり、参加へのハードルが比較的低い。そして「食べることは生きること」そのものが暮らしに直結している生産者の世界に触れることで、自然から遠ざかっていた都市住民は自らの中に眠っていた自然を発見し、生きる実感や手応えを取り戻してもいた。お互いの強みでお互いの弱みを補い合う連帯の関係を築くことができたからこそ、細く長く続く関係に発展していったのだと思う。

確かに被災地では住民の数、すなわち定住人口は大幅に減った。しかし、そのまちに暮らす人の現状に思いを馳せ、未来を案じ、継続的に関わりを持ち続ける人は、震災後にぐんと増えている。この継続的に関わりを持ち続ける人を、私は4年前から「関係人口」と定義し、社会に提唱してきた。この「関係人口」の中身を見ると、わざわざ遠く離れた地域に関わりを持ち続けているわけだから、主体的・能動的に動く人たちであり、常に自分にできる役割を探している。つまり、観客席からお節介にもよそのグラウンドに降りようとしているのだ。この「関係人口」を第二住民として地方のまちづくりに参加させることができれば、人口減社会に新たな地平を開くことができるのではないだろうか。

人口の質的変換

日本は世界に先駆けて、人類史上稀に見る人口減社会に突入した。人口減社会自体を問題視し、この前提をひっくり返すべく、女性が働きながら子育てできる環境の整備や、子育てしにくいため極端に出生率の低い東京から地方への移住など、様々な少子化対策が考えられ、講じられている。しかし、東京への一極集中は加速し、出生率に改善の兆しすら見られない。お隣の韓国でも国をあげて数兆円規模の少子化対策がなされているが、同じく暖簾に腕押しとなっている。少子化を放置しておくことは亡国の道であり、引き続き重要課題であり続けるわけだが、仮に劇的に出生率が回復したところで人口減社会を反転させることは不可能な人口構造に日本は歴史的に移行してきた。ならば、高齢化を伴う人口減社会を前提にした社会への能動的転換を図ることこそが、私たちが総力で立ち向かうべき本丸になるのではないだろうか。

人口が減り、高齢者が増えることを前提に、そうした社会でいかに私たちが安心して幸せに暮らすことができ、さらにその社会を負の遺産なく次世代につないでいけるのか。それは、この贅肉だらけの一億総観客社会をいかに筋肉質で健康な社会に変えていけるかというとてもアグレッシブな挑戦であり、その際、「関係人口」の創出は非常に効果的なダイエット方法になるのではないだろうか。たとえ人口が量的に減っても、各年代で能動的かつ主体的に地方の複数の現場に関わる人が増えるという人口の質的変換がなされれば、社会は今より活力を増すということだってありえるはずだ。

安倍晋三首相は一昨日、岩手・宮城・福島の被災3県の地元新聞社のインタビューに対し、被災地の人口減対策として地域に継続的に携わる「関係人口」の創出を支援する方針を示した。被災地は本格的な人口減社会を迎えた日本の近未来を先取りしており、その意味でも被災地で生み出されてきた「関係人口」を可視化すると同時に、この「関係人口」を日本全体に広げていくことが重要ではないだろうか。東北では震災という緊急事態が「関係人口」創出のトリガーになったが、平常時においては地方の生産現場の疲弊という見えない危機を可視化し、生産者と消費者を直接つなげることが「関係人口」を創出するひとつの大きな扉になるように思う。両者の継続的関係をつくりだしてきた「東北食べる通信」は、まさにその可能性を示してきたと言える。

※「関係人口」を生み出す装置としての「東北食べる通信」の実例については、拙著『都市と地方をかきまぜる』をお読みいただきたい。「関係人口」についても解説してある。

高橋博之(東北食べる通信編集長)

高橋博之(東北食べる通信編集長)

岩手県議を辞め、マンモス防潮堤に反対し、知事選に出馬。前代未聞の選挙戦で落選し、政界引退。事業計画も書けないのに事業家に転身。NPO東北開墾を立ち上げ、東北食べる通信を創刊する。 http://kaikon.jp