コラム

美味しいと言ってくれたら、私も牛も幸せ

東北食べる通信4月号は青森県五戸町で黒毛和牛を育てる沼沢利夫さん(61)を特集します。めいっぱい愛情を注いで育てた牛も、いつかはと畜しなければいけません。良い肉にするため、惜しみない試行錯誤を重ねる彼の姿からは、美味しく食べてもらうという牛の天命を全うさせたいという強い意志を感じます。

成影沙紀文=成影沙紀写真=黒田知範|2018年04月08日

牛が肉になる

一頭の牛が、肉になるのを見たことはありますか。

3月20日、今回特集する青森県五戸町の沼沢利夫さんが育てた黒毛和牛は、黒々と光る毛並みを輝かせながら、東京行きのトラックに乗りこんでいった。3月22日、東京中央卸売市場に向かうと、その牛は二つに割られ、美しいピンク色をして天井から吊るされていた。獣の匂いは消え、ほんのり焼肉屋のような美味しそうな香りがたっていた。

牛舎の中ではめいっぱい愛情を

北海道までフェリーに乗って買い付けた子牛は1年半もの間、沼沢さんの牛舎で育てられ、出荷されていく。トラックに積み込まれていく牛の後ろ姿を見ていると、悲しくならないのかと疑問が湧いた。
「悲しくない。美味しく食べてもらうために育ててるんだから。ほうれん草と一緒だよ。そのかわり、牛舎にいる間はめいっぱい愛情を注いでやる」。
沼沢さんの答えはすぐに返ってきて、全く迷いがなかった。

毎日朝晩、愛犬のシロと一緒に牛舎を歩き回り、声をかけながら餌をやっていく。
「元気か?風邪ひいてないか?」
気性の荒い牛と気弱な牛を隣同士に繋ぐと気弱な牛が餌を食べられなくなるから、とつなぐ順番を配慮してやる。

自分の肉が本当に美味しいか?

飼料会社が配合した餌をそのまま与える農家が多い中、沼沢さんは自分で配合する。そればかりか、と畜された自分の肉をすぐに見に行っては年に何度も餌の配合を変える。
「私、温と体(と畜直後の肉)見るの大好き。それを見て、今牛舎にいる牛の餌を変えて、もっといい肉になるようにしてる。生産者も牛舎を一歩出れば消費者だから、本当に自分の牛が美味しいか?って問い続けなければいけない」。

沼沢さんの作業小屋には肉牛の品評会などで受賞した無数のトロフィーや賞状が並ぶが、本人はあまり興味がないらしい。どれも驚くほど埃をかぶっている。
「顔も見たことのない人に食べてもらって美味しいって言ってもらいたい。自分にできることはそれだけ」と、牛への想いを語る。

東北食べる通信4月号【倉石牛】、みんなが知っていて、誰も知らない黒毛和牛のこと、伝えます。

成影沙紀

成影沙紀

京都府宇治市出身。大学時代に東北食べる通信・編集長の高橋に出会い、彼が語る農家漁師の姿に惚れ込み、そのまま購読。1年の東京での武者修行を終え、夢だった東北食べる通信のスタッフになる。新しい生産者に会いに行く特攻隊長。