コラム

関係人口 − 生きるリアリティに飢える都市住民たちへ / 編集長:高橋博之

移住定住はハードルが高い。都市に住みながらにして地方と継続的な関わりを持ち続ける「関係人口」がこれからは大切だ。そのきっかけとして、食ほどわかりやすい入り口はない。「東北食べる通信」はまさに関係人口を増やす手段である。

高橋博之(東北食べる通信編集長)文=高橋博之(東北食べる通信編集長)写真=黒田知範|2018年02月10日 岩手県花巻市

関係人口とは

2週末連続台風の日曜午前、池袋の立教大学で「地方創生と日本の未来」と題したカンファレンスに登壇してきた。地方創生という言葉の是非についてはあれこれ議論があり、私もこの言葉に対する違和感を早くから表明してきたが、こうして賛否いろんな意見が出て、議論が喚起されたこと自体が地方への関心を高めることにもなっているので、結果としてこの言葉はよかったとも思う。

今日のセッションは、河北新報常務取締役の鈴木素雄さん、石巻日日新聞社長の近江弘一さんという、東北の大先輩ふたりとご一緒させていただいたのだが、うんうんとうなずき共感することばかりだった。中でも、おふたりが控え室からずっと「関係人口」という言葉を使って、これからの地域づくり、東北づくりを熱く語っていたのは実に感慨深いものがあった。最近、自治体関係者もよく「関係人口」という言葉を多用し始めている。定住人口はもう増えないし、観光などの交流人口も一過性のもの。継続的に関わりを持ち続けてくれる関係人口ならば増やせるし、地域の力につながると。

私は震災後の被災地で、はたとこのことに気づかされた。人口減少時代に入って初めて日本を襲った自然災害の被災地となったのは、東北の過疎高齢化著しい沿岸部の漁村集落だった。震災前から行き詰まりを見せていた日本の辺境地域が津波原発事故によって壊滅に追い込まれたわけだが、そこに暮らす人々の力だけで立ち上がり、再生することは不可能だった(今も尚再生の途上にある)。高齢化を伴う人口減少と津波に飲み込まれた被災地の被災者を支えたのは、都会のよそ者であった。被災者の暮らしや生業を立て直すために、まるで自分のことのようにして、自分が持っている知見や技術、ネットワーク、体力、時間、お金を使って関わりを持ち続ける都市住民が生まれていった。細まったとはいえ、今も尚そのつながりは続いている。

確かに定住人口は減った。でも、その町に暮らす人の現状に思いを馳せ、未来を案じ、継続的に関わりを持ち続ける人、つまり関係人口は震災後にぐんと増えている。私は岩手県内陸部の花巻市の人間だが、10万人の人口を持つ花巻は人口が減少していく一方である。方や、沿岸部の町の人口は1万人とか2万人しかいないし、これからも減る傾向は変わらないのだが、関係人口は増えているのだ。しかもこの関係人口の中身を見ると、わざわざその遠く離れた地域に関わりを持ち続けているわけだから、主体的・能動的に動く人たちが多く、常に自分にできる役割を探している。この関係人口を第二住民として見たとき、花巻市とどちらに未来があるだろうかと、震災後の被災地で思ったものだ。

食はわかりやすい

だから、2013年7月に東北食べる通信を創刊してから、私は東北食べる通信は関係人口を増やす手段だと言い続けてきた。震災という非常時が生み出した関係人口を、日常でも生み出し続けたい。そのきっかけとして、食ほどわかりやすい入り口はないと思った。なぜなら、食べる人が都会にいて、つくるひとが田舎にいるのだから。つくるひとが暮らす農漁村は被災地と同じく疲弊しており、そことのつながりが食べものを通じて生み出されれば、日常でも関係人口を生み出せる装置になるはずだと。実際に東北食べる通信はこれまで多くの関係人口を生み出してきた。

関係人口を言い始めた当時、この言葉は世の中に聞かれない言葉だったので、関係人口ってなに?という顔をされることが多かった。おかげさまで東北食べる通信はメディアに取り上げてもらう機会が多かったので、その度に関係人口の概念について時間を割いて説明してきた。それが今、関係人口という言葉をあちこちで相手から聞かされることが増え、もうわざわざ説明する必要がなくなり始めている。最近だと、関係人口をタイトルにした本まで出版されるているようだ。

日本は世界に先駆けて、人類史上稀に見る人口減少社会に突入した。人口減少社会自体を問題視し、この前提をひっくり返すべく、女性が働きながら子育てできる環境の整備や、子育てしにくいため極端に出生率の低い東京から地方への移住など、様々な少子化対策が考えられ、提唱され、講じられている。しかし、東京への一極集中は加速し、出生率に改善も見られない。お隣の韓国でも国をあげて数兆円規模の少子化対策がなされているが、同じく暖簾に腕押しとなっている。

能動的転換

もちろん、少子化を放置しておくことは亡国の道であり、引き続き重要課題であり続けるわけだが、仮に劇的に出生率が回復したところで人口減少社会を反転させることは不可能な人口構造に日本は歴史的に移行してきた。ならば、少子化対策で人口減少社会へのハードランディングを避けるべく、人口減少の速度を少しでも遅らせる努力をしつつ、高齢化を伴う人口減少社会を前提にした社会への能動的転換を図ることこそが、私たちが総力で立ち向かうべき本丸になるのではないだろうか。

人口が減り、高齢者が増えることを前提に、そうした社会でいかに私たちが幸福かつ豊かで元気に自分らしく生きることができ、さらにその社会を負の遺産なく次世代につないでいけるのか。それは、この贅肉だらけの社会をいかに筋肉質で健康な社会に変えていけるかというとてもアグレッシブな挑戦であり、その際、関係人口の構築は非常に重要なダイエット方法になると私は思う。たとえ人口が量的に減っても、各年代で能動的主体的に複数の場で社会に関わる人が今より増えるという人口の質的変換がなされれば、社会は今より活力を増すということだってありえるはずだ。

それが日本には可能だと思う。というのも、今の社会での生き方に飽き足らない人と、今の社会の矛盾の矢面に立ち苦しむ人の両方が、この国にはいるからだ。今日は生活が苦しくても、がんばって働けば明日は今日よりよくなる。そう思えることが希望だ。でも、この希望は成熟した先進国で果たして必要だろうか。豊かになった日本では、この希望がいらない人たちがたくさんいる。明日は今日よりよくなると遮二無二がんばらなくても、今がすでに満ち足りていれば、希望など必要ないのだ。これが一番人間にとってよい状態ではないだろうか。

逆に、今は生活が苦しいし、しかもがんばって働いても今日より明日がよくなるという見込みすら持てない、つまり希望が必要なのに希望すら持てない人もたくさんいる。この両方がこの社会に同居していることが日本の難しさであるのだが、実は私はここにこそ可能性を感じている。もはや希望がいらないくらい生活が満ち足りている人でも、生きることに充実しているかと問われれて、首をかしげる人は少なくない。稼いではいるけれども、生活に不満はないけれども、仕事にやりがいや生きがいを感じられず、何のために生きてるのか苦悩する人の姿も散見される。

身体で感じる

先日、福島県相馬市のある農家を訪れたのだが、この農家は都会から農業研修・農業体験を積極的に受け入れていて、滞在した都市住民が感想を絵日記に綴っていた。その中に、こんな文章を見つけた。「ここでの暮らしはなぜか生きることは難しいことじゃないよって教えてくれる気がする。どんなことがあっても必ず朝はやってきて、どんなことがあっても必ず一日が終わる。生きるって、こうゆうことでいいじゃないか」。この文章を書いた人は、生きることは難しいことだと都会の生活の中で感じていたのだ思う。生活には困っていなくても生きることに手応えを感じられず退屈したり、虚無感に襲われている人は少なくない。

一日中頭ばかり使い、身体性が喪失していく社会を解剖学者の養老孟司さんは脳化社会と命名した。脳化が進む都市で、生きる意義や生きるリアリティに飢える都市住民は増加の一途にある。何のために生きるのかノイローゼになる人も増えている。一方、農業の現場は、シンプルである。生きるために必要な食べものを自分でつくる。こんなにわかりやすい「生きる」があるだろうか。体を動かせば、お腹だって減るし、ぐっすり寝れる。「難しいことわかんないけど、生きるって、つまりそういうことだろ」と言われ、脳化社会を生きる私などいつもぐうの音も出ない。彼らは生きることを頭で考えるんじゃなく、体で感じているのだ。身体性を回復することの大切さみたいなものを、言葉ではなく生き方そのもので私たちに教えてくれるのである。

希望などいらない社会

しかし、生活は苦しいという農家は多い。農業の稼ぎだけで、普通に子どもを産み育て生きるという当たり前な暮らしが困難だという。がんばってもがんばっても今の苦しい生活はよくならない、つまり希望が今の暮らしにはないような話をする。その声に触れたとき、希望がいらないほど今の生活には充足しているけれど生きる意味を持てずに漂流していた私などは、何か役に立ちたいという衝動に駆られるのだ。それは私だけではないだろう。被災地でのボランティアがきっかけで、同じようにそうした衝動に駆られ動き始めた都市住民をたくさん目撃してきた。そしてよく考えれば、食べものがなければ生きていけない以上、消費者である自分も食の当事者であったことに気づかされる。そして自分だけ涼しげな顔で食べものを買って食べて他人事のようにして生きてきたことにある種の後ろめたさすら感じるのだ。

消費地の都会に生きる私たちにとって、自分たちの食べものを生産している遠く離れた生産地は、自分の暮らしを取り巻く環境そのものなのである。その環境を守り、つくることに参加することは、社会をつくる側に回るということでもある。自分が関わることで、自分や家族や友人が生きるこの社会が今よりよくなるということは、少なからず生きる意味を見出すきっかけになるはずである。あなたがいてくれてよかった、助かったと言われることは、この世界に自分が存在する意味があると言われているのと同じなのだから。

たまたまぼくは食の仕事をしているので農業のことを書いたが、他の分野についても、似たようなことが言えると思う。今の社会での生き方に飽き足らない人と、今の社会の矛盾の矢面に立ち苦しむ人が、電池の両極のようにつながれば、この社会は未曾有の人口減少という困難を乗り越える力を新しい社会をつくる力に変えられるはずだ。電池の両極が常時つながっている社会(これを私は「都市と地方をかきまぜる」と呼んで昨年書いた本の題名にもした)になれば、今より多くの人が今日の生活に充足し、さらに生きがいも感じられる、つまり明日に希望を求めずとも済むようになるはずではないだろうか。今日が一番幸せである。そう感じられる人が多い社会がよい社会である。希望などいらない社会になれば、これ以上他者や自然を搾取せずとも十分に豊かで幸せな生き方に私たちは近づけると思う。

多くの子どもたちの命が犠牲となった石巻市立大川小学校の校庭にある壁に、宮沢賢治の言葉が書かれてある。「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」。これを牧歌的だと笑うだろうか。何年か前にも一度書いた気がするが、日本はこの賢治の言葉を本気で目指していい社会ではないだろうか。日本は世界の課題先進国なのだから、後続の国々に範を示せるような背中を見せたいものだ。そして、私たち一人ひとりが子どもたちにその背中を見せたいものだ。

高橋博之(東北食べる通信編集長)

高橋博之(東北食べる通信編集長)

岩手県議を辞め、マンモス防潮堤に反対し、知事選に出馬。前代未聞の選挙戦で落選し、政界引退。事業計画も書けないのに事業家に転身。NPO東北開墾を立ち上げ、東北食べる通信を創刊する。 http://kaikon.jp