コラム

私が牡蠣に使われている − 人間が決してコントロールできない自然の中で

牡蠣の赤ちゃんを「可愛い」と言う漁師がいる。1,000台あった牡蠣イカダが震災で全て流され、震災後はそのイカダを1/3まで減らしたにも関わらず、以前よりタネが採れるようになった。人間が決してコントロールできない自然の中で、謙虚に生きている漁師の姿勢。東北食べる通信2月号で特集する宮城県南三陸町の漁師・後藤さんを紹介する。

成影沙紀文=成影沙紀写真=山下雄登|2018年02月05日 宮城県南三陸町

直径3cm。可愛い牡蠣の赤ちゃん

「ほら、可愛いでしょう?」

愛犬を自慢するかのように後藤清広さん(57)が差し出したのは牡蠣の赤ちゃん。直径3cmほどの牡蠣がコロコロとネットから出てきた。可愛いでしょう?とにっこり笑う後藤さんの前で何と言っていいかわからず、「こんなに小さいのにちゃんと牡蠣の形をしてますね」と可愛いかどうかには言及しない、曖昧な返事をするしかなかった。

南三陸では牡蠣のイカダが密植状態で、海のキャパを超えており、牡蠣が正常に生育できる状態ではなかった。震災後、後藤さんが陣頭指揮をとりイカダを1/3に減らしたのだが、この可愛い牡蠣の赤ちゃんもイカダを減らしたことによって現れたのだ。当時はほとんど湾内で牡蠣のタネを取ることができず、外から買って来なければならなかった。イカダを減らすという決断で最も心配だったのが親牡蠣がいなくなったらタネも取れないのではないか?ということだった。しかし、蓋を開けてみるとタネが取れすぎるほどで、今ではほとんど全量を湾内で採れたタネでまかなっている。

神を信じるような人間ではなかった

「牡蠣は賢いんです。(数が)多すぎると(タネを)少なくしようとするし、少なくなると多くしようとする。人間には絶対コントロールできないんです。自然はうまくバランスを取っていて、誰がバランスを取ってるかわからないから、そこに神の存在を見るんです。私は神を信じるような人間ではなかったけれども、震災で全て流されて再出発して、こうして牡蠣がたくさん戻ってきてくれて…。自然はもう一回チャンスをくれるんですね。私は最近“私が牡蠣を育てている”のではなくて、“牡蠣に私が使われている”ような気がするんです」と後藤さんは語った。

漁師・農家の世界には自然を敬愛し、神の存在を信じ、海や土に拝む風習が色濃く残っている。ここ、南三陸ももちろんそうだ。漁師の家々には今でも神棚の他に恵比寿棚があり、恵比寿様・大黒様を祀り、そこには紙を切り抜いた美しい切子(きりこ)という飾りがつけられている。

「漁師や農家は自然の恵とともに生きる人たちだから、自然に感謝して生きてるんですね〜」と言うのは簡単だし、理解したような気にもなるが、志津川湾の真ん中に漂う船から周囲をぐるりと囲む山を見た時、自分は牡蠣に使われていると首を垂れる漁民を見た時、それが単なる信仰ではなく、真実なのだということに気づかされる。

成影沙紀

成影沙紀

京都府宇治市出身。大学時代に東北食べる通信・編集長の高橋に出会い、彼が語る農家漁師の姿に惚れ込み、そのまま購読。1年の東京での武者修行を終え、夢だった東北食べる通信のスタッフになる。新しい生産者に会いに行く特攻隊長。