レポート

現代に蘇った「まつろわぬ民」 − 東北食べる通信12月号「胡桃」取材を終えて / 編集長:高橋博之

東北食べる通信54号目の取材を終えてきた。2013年7月の創刊以来、毎月、編集長として特集記事を書いている。特集記事はだいたい8000字くらい書くので、かれこれ40万字以上書いた計算になる。400字詰め原稿用紙に換算して、1000枚以上!この間、ノートパソコンを3台ダメにした。

高橋博之(東北食べる通信編集長)文=高橋博之(東北食べる通信編集長)写真=玉利康延|2017年12月07日 岩手県九戸町

武将の末裔

最新号の舞台は、岩手県九戸町の小さな農村集落。ここで、立体農業をしている小井田重雄さんと寛周さんの親子が、今回の物語の主人公だ。取り上げる食材は、国産物がほとんど出回っていない胡桃(くるみ)。小井田家では、胡桃の木の下に、牛と鶏を放っている。牛は草を食べてくれるので除草剤はいらない。牛のうんちは胡桃の木の栄養になるので化学肥料もいらない。鶏は胡桃の木の天敵である害虫を土を耕しながら食べてくれるので農薬もいらない。こうして動物たちの力を借りることで、自然由来の立派な胡桃が育つのだ。おまけに、牛はミルク、鶏は卵までつくってくれる。

小井田家の胡桃の木が立ち並ぶ敷地の一角に、ある石碑が建っていた。天正19年、天下統一を目前に控えた豊臣秀吉に屈服せずに、最後の喧嘩を売った南部の武将、九戸政実に従って落ち武者となった兄弟ふたりがこの地に隠れ住み、死後、ヒバを植えたところだと書かれている。そして、その言い伝えを失わないために、この石碑を立てたとある。重雄さんは小井田家の16代目にあたるそうだ。16代時代を遡ると、ちょうど九戸政実の乱に重なることから、「自分たちはこのふたりの兄弟の末裔なんだ」と重雄さんはいう。鶏の餌やりを終えると、この石碑の前で手を合わせるのが日課になっている。

日本ではあまり知られていないが、昭和初期、ガンジーと並ぶ聖人と称され、世界的に有名だった日本人がいる。協同組合運動の父、賀川豊彦だ。農村の貧困解消のために奔走した豊川が提唱したのが「立体農業」だった。立体農業とは、樹木や家畜を取り入れた農業のことで、広大な面積がなくても農民が十分に食べていけるよう、地面だけじゃなく空間も利用して生産性をあげるようにデザインされている。

蜜と乳の流るる大森林

賀川は、聖書の「創世記」にあるエデンの園に人類の歩みを重ねる。蛇に誘惑されたイヴはそこに生える禁断の“知恵の樹”の実を食べてしまう。神の怒りに触れたアダムとイブは楽園を追われ、永遠に“生命の樹”から隔離される。こうして平面を這うばかりの蛇が教えた“平面農業”が、追放された人類の文明を支えるものとなった。それ以降、人間は樹を次々と切り倒し農地とし、やがてそこは砂漠化したのだと。

「今日バビロンの平野は、一面の大沙漠である。然し何千年か昔、そこが蜜と乳の流るる大森林で蔽われていたことは、世界の学者の意見が一致している。そしてこの大森林を沙漠に換えてしまつたのは、蛇が女に教えた農業の結果である」。

賀川は、日本列島の先住民族がドングリやトチの実を主要食物とし、その風習が今なお保存されている地方があることを知り、この“生命の樹”の再生、すなわち“立体農業”の確立こそ、困窮する農村を救う道だと訴えた。その訴えに共感した重雄さんの父、与八郎さん(故人)は第二次世界大戦で小笠原諸島に駐在中に、戦地でココナッツの木の下でヤギを育てる立体農業を見て、改めて立体農業の高い生産性を実感。戦争から帰ってきた与八郎さんは周囲の強い反対を押し切り、立体農業をこの地で始めた。

まつろわぬ民

写真は今から38年前に『現代農業』に掲載されたもので、農作業の合間に小屋で本を読む与八郎さんが写っている。小学校しか出ていないが、とにかく勉強熱心で暇さえあれば本ばかり読んでいたらしい。背後の黒板に目を凝らすと、こう書いてあるのがわかる。

やませ吹き
稲は青立ち そら暗く
タネ一粒も無きぞ 悲しく

1961年に農業基本法が制定され、農業の近代化・大規模化が推奨されるようになると、仕事にあぶれた農村の人間たちは都市になだれ込んでいった。農業から工業へ舵を明確に切り、経済大国への道をひた走った日本だったが、重雄さんはその流れに抗うかのように、与八郎さんが始めた立体農業を続けた。地域でも「変人」扱いされたが、信念が揺らぐことはなかった。古代、アテルイに代表されるように、東北の蝦夷は大和朝廷に決して服従することがない民として恐れられ、「まつろわぬ民」と言われた。重雄さんはまるで現代に蘇った「まつろわぬ民」のようだ。そして、世界的な食料危機が迫る今、この立体農業はますます重要になると確信している。

このままの勢いでキーボードを叩いていると、そのまま特集原稿になってしまいそうなので、続きは東北食べる通信12月号にて。東北食べる通信は、ただの食べもの付き月刊誌ではありません。東北のいにしえの魂の叫びを現代に呼び起こす祈りだと思っています。

高橋博之(東北食べる通信編集長)

高橋博之(東北食べる通信編集長)

岩手県議を辞め、マンモス防潮堤に反対し、知事選に出馬。前代未聞の選挙戦で落選し、政界引退。事業計画も書けないのに事業家に転身。NPO東北開墾を立ち上げ、東北食べる通信を創刊する。 http://kaikon.jp