レポート

獲るだけの漁師にはならない − 春の生産者開拓レポート

東北食べる通信で、将来特集する生産者を見つける旅のことを「生産者開拓」と呼んでいます。生産者開拓のために今日も東北を走り回ります。今回は東日本大震災による大津波でも記憶に新しい、岩手県釜石市の漁師・佐々木洋裕さんを訪ねました。

成影沙紀文=成影沙紀写真=成影沙紀|2018年05月23日 岩手県釜石市

獲るだけの漁師にはならない

岩手県釜石市。迫り来る大津波が市街地で渦を巻き、濁流が町を飲み込んだ映像はまだ記憶に新しい。あれから7年が過ぎたが、まだ浜は当時の悲劇から立ち直れていないのではないか、そう思いながら向かった。そこで出会ったのがカゴ漁師・佐々木洋裕(ひろやす)さん46歳。

「俺はね、ただ獲るだけの漁師は10年後、20年後食ってくの大変になると思うんだよね。」

そんな話から始まった。
通常漁師は魚を獲って市場に出して終わり、そこから先は漁協や卸が販売してくれるが、佐々木さんは獲った魚の一部を自ら箱詰めし、岩手や東京の飲食店に直接販売している。

佐々木(漁師)ー「1箱いくら、ってお客さんには売ってるから、俺が損するときもあれば得するときもある。俺も見栄張りたいからさ、その時獲れた魚をめいいっぱい詰めてやんのさ。だから高級魚しか獲れない時は困っちゃうね」。

佐々木さんは漁師になる前に5年ほど、盛岡で電気メーカーに勤めていた。なんでも、高校生の時にはバスケットボールで3年連続インターハイに出場、実業団としてメーカーに就職した腕前だ。

佐々木(漁師)ー「きっとその時の会社員経験が役に立ったんだろうな。自分が作ったものを直接売る喜び、やりがいを知ってたから。漁業でもおんなじことやればいいべ、って思った」。

船上での早業

佐々木さんはカゴ漁といって、餌を仕込んだカゴを海中に入れ、入った魚を獲るという漁法で漁をしている。カゴは2,000mのロープに100個、多い時でロープを14本入れるというのだから、カゴの数は1,000個を超える。午前2時に出港しそのカゴを揚げながら魚を取り出し、その場で氷締めにし、同時にカゴに餌を仕込んで再び海に沈めていく。これだけの作業を決して大きくはない船の上でこなしていくのだ。

佐々木(漁師)ー「直販してるから絶対いいものを出したい。だからどんなに忙しくても、獲った直後の魚の処理には手を抜かない」。

事実、佐々木さんが市場に出す魚はその品質の高さから浜で一番の値がつくという。

憧れられる漁師

後継者の心配もない。

佐々木(漁師)ー「中学生と小学生、4歳の息子がいるけど、みーんな船に乗って手伝いするよ。明日海行きたい人!っていうと、『ハーイ!』て子どもたちが競うように手をあげる。4歳の息子もこないだ沖デビューしたよ」。

漁業者の高齢化・担い手不足・減収・・・
そうした日本漁業の課題を、課題先進地であるはずの被災地、釜石で軽々しく飛び越えている人がいたことに驚いた。乗船は次の機会だが、話を聞いているだけで「なんて漁師ってかっこいいんだろう。自分も漁師になりたい!」と思わせてしまう人だった。釜石のイメージが、あの濁流の色から真っ青なこの日の海の色に変わったような気がする。東北食べる通信で佐々木さんが獲った“どんこ”をお届けする日も近いかもしれない。

成影沙紀

成影沙紀

京都府宇治市出身。大学時代に東北食べる通信・編集長の高橋に出会い、彼が語る農家漁師の姿に惚れ込み、そのまま購読。1年の東京での武者修行を終え、夢だった東北食べる通信のスタッフになる。新しい生産者に会いに行く特攻隊長。