レポート

ロデオのように、津軽海峡を乗り回す漁師軍団 − 真冬の生産者開拓レポート

東北食べる通信で、将来特集する生産者を見つける旅のことを「生産者開拓」と呼んでいます。生産者開拓のために真冬の東北を走り回る日々。今回は荒々しい津軽海峡の海を乗りこなし、自らを「ロデオ」と呼ぶ漁師軍団がいると聞き、青森県大畑町まで行ってきました。

成影沙紀文=成影沙紀写真=成影沙紀|2018年02月20日 青森県むつ市大畑町

波じゃねぇ、ロデオだよ

青森駅からさらに車を走らせること3時間、大畑町というところに荒波を乗りこなす自分たちを「海峡ロデオ」という漁師軍団がいると聞き、会いに行ってきた。待ち合わせの時間を30分間違えて早く着いたので、吹雪の中漁港を見に行くと…。何十個もの電球を抱えた巨大なイカ釣り漁船が並ぶ。日本のヤリイカの約3割が青森で獲れるというのだからこの光景にも頷ける。

底引き網漁師の佐藤さん(40)と濵田さん(38)が発起人となり、漁協・役場・加工屋・寺の副住職・神社の神主・風呂屋の息子など大畑の様々な役割を担う人が一緒になって「漁業で大畑を盛り上げよう」と結成したのが「海峡ロデオ」という軍団だ。今年の4月からお客さんを浜に呼んで、漁船に乗り底引き網漁体験をし、その魚の捌き方を加工屋さんに教わり、漁師と一緒に風呂に入り、夜は地元の旅館で漁師と一緒に自分が獲った魚を食べようというツアーを企画している。このツアーを皮切りに、漁業をフックにして大畑に人を呼ぶための活動をしていく。

漁師だけでねぇ、みんなでやるべ

成影(筆者) どうしてこういうグループを作ろうと思ったんですか?

佐藤(漁師) 海で仕事して帰って来てこいつ(濵田さん)といっつも酒飲みながら、なんかおもしれぇことやりてぇなって話してたのよ。

成影 も、もうちょっと詳しく・・・。

佐藤 昔は山の方にある薬研温泉っていうのが人気で、人がいっぺぇ来てたんだども、一番大きい旅館が閉めちゃったってこともあって、人ごねくなって。大畑を盛り上げてぇなって思ったども、わいど(私)だけだば面白くねぇでして、みんなでやるべって。

成影 佐藤さんは同級生の役場に勤める鈴木さん、寺の副住職を勤める長岡さんに声をかけたのが始まりだというわけだった。

佐藤 わいどは魚とったり網つくんのはプロだども、こんなもんはづぐれねぇ。(海峡ロデオの設立目的や初回のツアー要項をまとめた企画書を笑顔で振り回しながら言った)

鈴木(町役場) 町からこれやってください、あれやってくださいっていうのはあるけど、漁師から「これやるべ!」って言ってくれると、全然スピードが違うんですよ。ツアーの話が出た時も、「じゃあ来週船のっか?」って、すぐ決まりました。

佐藤 「今がらでもロデオすっか?」

成影 え、遠慮しときます。吹雪ですよ・・・!

海峡ロデオのロゴマークは荒波を行くサケの上にまたがる漁師だ。春にはロシアから下ってくるサクラマスがよく獲れるのだという。津軽海峡の荒波の中で流されないようにと必死で泳ぎ続けるので、身がしまって脂が乗り、“ぶくらっとして”美味いのだそうだ。

後継者がいねぇのはわいどのチャンス

成影 後継者はどうですか?若い人が減ってるってどこでも言いますが。

佐藤 ここもおんなじだべ。でも、後継者がいないってことは逆にわいどのチャンスになる。あと10年もすれば上の代が抜けっから稼ぎどぎが来る。

後継者いなくて大変なんですよ、という返答を待っていたので驚いた。いない、いないと嘆くのではなくひたすらに前向きだった。実際、佐藤さんの長男は高校を卒業したら漁師になると決めているという。

2時間話し込んだ帰り際、漁業者ならではの白い長靴を履いて軽トラの荷台に乗る少年を見た。軽トラはぐいっとハンドルを右に切って停泊している船の横に着いた。こんなにワクワクしている大人たちの背中を見ていると、船に乗りたくなる気持ち、わかるなぁ。ただこんな大荒れの日はごめんだけれども。

寂しい雪景色の漁港と、海峡ロデオのみなさんのワクワク輝いた顔のコントラストが忘れられない。

成影沙紀

成影沙紀

京都府宇治市出身。大学時代に東北食べる通信・編集長の高橋に出会い、彼が語る農家漁師の姿に惚れ込み、そのまま購読。1年の東京での武者修行を終え、夢だった東北食べる通信のスタッフになる。新しい生産者に会いに行く特攻隊長。